音羽山の音という名のように噂ばかり聞きながら、逢坂の関のこちら側で何年も過ごして関を越せないように、逢えないままで過ごすのだなあ。／「かな」詠嘆の終助詞。「逢坂の関」は人を隔てるもの。

男女の仲とはこういうものだったのだよ。吹く風が目に見えないように、姿を見たこともない人が恋しく思われることだよ。／たとえの「の」。

山桜が霞の間からかすかに見えるように、かすかに姿を見た人が恋しいことだよ。／「見・て（強意）・し（過去）」

初雁の声をかすかに聞くように、かすかにあの人の声を聞いた時から、気持ちもそぞろで、もの思いをするばかりであるよ。／「聞き・し（過去）・〔時〕・より」

吉野川の岩を突き通して流れてゆく水の音のように、噂には立てないようにしよう。たとえ恋い焦がれて死んでも。

私の恋心をあの人は分かっているだろうか。枕だけが知っているとしたら知っているでしょう。

恋心を隠していると苦しいけれども、人知れず恋い慕っていることを誰に話そうか、話す人もいない。／「てふ」は「と言ふ」が変化したもの。

人に知られない恋をするというが、火を常に燃やしている駿河の国にある富士山こそが、恋に燃える我が身そのものですよ。／「ひ」が「思ひ」と「火」の、「する」が「する」と「駿河」の「する」の掛詞。当時、富士山は活火山であった。

空を飛ぶ鳥の声も聞こえない奥山が深いように、深い私の恋心をあの人は分かってほしいなあ。／「なむ（終助詞）」

逢坂の関に流れる岩間から湧き出た清水の「岩」ではないが、口には出さずに心の中で思い慕っているのですよ。

立春になると消える氷のように、すっかりあなたの心が私に打ち解けてほしいなあ。／「なむ（終助詞）」

思いながら寝たからあの人が夢に現れたのだろうか。もし夢と分かっていたならば目を覚まさなかっただろうのに。／「ば（接続助詞）・や（係助詞）」「Ａせば、Ｂまし」の反実仮想。

うとうと寝ていて恋しい人を夢に見た時から、夢というものを頼りにし始めてしまった。／「頼み・そめ（〜し始める）・て（強意）・き（過去）」

住江の岸に寄る浪の「寄る」ではないが、どうして夜までも夢の通い路で人目を避けているのだろうか。

つらいので無理に忘れようと思うけれども、夢というものはあてにさせるものだよ。

声を立てて泣いて、その涙で袖が濡れてしまったけれども、春雨で濡れてしまった袖だと、人が尋ねたら答えよう。／「に（強意）・しか（過去）・ども」「濡れ・に（強意）・し（過去）」

虫のように声を立てては泣かないけれども、涙は人知れず流れているのだよ。／「なかるれ」は「流るれ」と「泣かるれ」の掛詞。

秋の野に乱れて咲いている花の色が色色であるように、あれこれと恋い乱れるこの頃であるよ。／「咲け・る（テイル）」

一人でもの思いをしていると、秋の夜の稲葉がそよそよとそよぐように、「その通りだよ」と答える人はいない。／「そよ」が擬声語の「そよ」と共感を示す「そよ」の掛詞。

冬の川が上が凍っているように、表面はさりげなくしている私なのか。心の中では自然に泣かれて恋しく思い続けるのだろう。／「なかれて」が「流れて」と「泣かれて」の掛詞。

枕の下に涙の海はあるけれども、その海に海松布は生えないように、あの人に逢う機会はないことだよ。／「みるめ」が「海松布」と「見る目」の掛詞。

風が吹くと峰と別れる白雲のように、まったく反応のないあなたの心だなあ。／「風吹けば峰に別るる白雲の」は「絶えて」の序詞。

逢うことが出来ない夜が、白雪が積もるように、積り重なったならば、私までも雪と一緒に消えてしまうはずであるのになあ。／「消（カ行下二段動詞）・ぬ（強意）」

秋の野の笹を分けながら通った朝の袖よりも、あなたに逢うことが出来ずに帰って来た夜の方が、もっと濡れたことだよ。／朝と夜の対比。

逢うことが出来ずに夜が明けてしまったならば、春の日が長いように、いつまでもあなたを冷たい人だと思うのでしょう。／「春の日の」は「長く」の序詞。

あなたに逢うことが出来ないという名前を持つ渚に打ち寄せる浪であるので、浦を見て浪が戻るように、恨みに思うばかりで帰って来ることだよ。／「なき」が「無き」と「渚」、「うらみ」が「恨み」と「浦見」の掛詞。

陸奥国にあると聞いている名取川ではないが、あなたに逢えないのに噂だけが広まるのは残念なことです。／「陸奥にありといふなる名取川」は「名取り」の序詞。

ずっと恋い焦がれて、めったにないことに今夜あなたに逢うことが出来る。逢坂山の木綿付け鶏は鳴かないでほしいなあ。／「逢坂山」は人が逢うイメージが重なる。「ゆふつけ鳥」は、都の境でお祓いをするために木綿を付けた鶏。

夜が長いという秋の夜も名前だけであったよ。逢うことになってもすぐに夜が明けてしまうのになあ。

夜が明けてしまうということで、これで別れだという気持ちになると同時に、どうして言い様のない思いが湧き上がってくるのだろう。

後朝〔きぬぎぬ〕の別れが名残惜しいので私は鶏よりも先に泣き始めたことだ。

あなたの名前も私の名前も広まらないようにしよう。難波にある港のように逢ったとは言うな。網を引くように逢ったとは言わないつもりだ。／「みつ」が「御津」と「見つ」、「あひき」が「網引き」と「逢ひき」の掛詞。

あなたは尽きることのない思いに従って、「思ひ」の火をたよりに今夜もやって来るだろう。夢の中で逢うことまでも人はとがめ立てはしないだろう。／夢で逢う。

冬の池に棲む鳰鳥は雄と雌の仲が良く、水に潜るの得意な鳥だが、いまは連れ合いもなく、一羽だけで水に潜って魚を捕っているけれども、私が素知らぬふりをしてそこに通っていると人に知らせるな。／「そこ」が「底」と「其所」の掛詞。

心の中で恋い慕っているとつらい。宝石をつなぎ止める紐も切れるように、乱れてしまおう。とがめだてしないでください。／「玉の緒の絶えて」は「乱れ」の序詞。

池に棲む、名をおしという鳥は、恋仲だという噂が立つのが惜しいのに、いつも雄雌一緒にいるが、水に潜って隠れようとするけれども、池が浅いので、すぐに見えてしまうけれども、それと同じように、私はあの人と恋仲になっているという噂が立つのが惜しいので人目を忍んでいるけれども、やはり、すっかりばれてしまったのだよ。／「をし」が「鴛鴦」と「惜し」。「水を浅み」はミ語法。

逢わなかったならば恋しく思うこともなかっただろうのに。噂であの人のことを聞くのがよかったなあ。／「ず（連用形）・は（係助詞）」

岩の間を流れて行く水が白波を立てて繰り返し打ち寄せているように、繰り返し逢いたいものだ。それでも満足することはないだろうなあ。／「石間行く水の白浪」は「立ちかへり」の序詞。

春霞がたなびく山の桜はなんとも美しく見ても見ても飽きないように、何度逢っても魅力の尽きないあなたですねえ。／「春霞たなびく山の桜花」は「見れども飽かぬ」の序詞。

飛鳥川の淵が瀬になる、変わりやすい世の中であっても、心に強く思った人は忘れないつもりだ。／飛鳥川は流れが変わりやすかったので、変転するものの喩えとして用いられている。

すぐに行くよとあなたが言ったばかりに、秋の夜長をずっと待ち続けて、有明の月が出るまで待ってしまったことだ。／「来」は女の所を中心にして言う表現。「有明の月」は夜遅く出て明け方西の空に残る月。

恋しいとは誰が名付けた言葉なのだろう。「死ぬ」とそのものずばり言うのがふさわしいことだよ。

須磨の漁師が塩をとるのに海藻を焼く煙が、風が強いので、思いもしない方へたなびいてしまったように、あの人は思いもしない人の方になびいてしまったことだ。／「風をいたみ」はミ語法。景から情を読み取る。

もし偽りのない二人の仲であったならば、どんなにかあの人の言葉がうれしかっただろうのに。／「ＡせばＢまし」の反実仮想。

秋風が吹くと木の葉が色付くように人も心変わりをするだろうから、あの人の心もどうだろうかと思う。／「あき」は「秋」と「飽き」の掛詞。

忘れてしまおうという気持ちが起こるととたんに、今までよりもいっそう恋しい気持ちが起こってくることだ。／「忘れ・な（強意）・む（意志）」。「からに」（接続助詞）。

底が分からない深い淵は波立つだろうか。山あいの川の浅い瀬でこそ波立つように、浅い気持ちの持ち主は浮気をするのだ。

紅の初花染の色が濃いように、深くあの人のことを思った心を私は忘れようか。／「め（推量）・や（係助詞）」は「〜だろうか、いや、〜ないだろう」という反語表現。

あの人が通って行く道でいつも迷ってほしいなあ。あの人がほかの人を訪れていても、私を訪れたのかと思うことができるから。／「玉鉾の」は「道」の枕詞。「思は・なむ（終助詞）」

もし私が逢坂山の木綿付け鳥であったならば、あなたの行き来を鳴きながら見ることができたでしょうのに、でも私はその鳥ではないから、あなたの姿を見ることはできない。／反実仮想。

山に住む人の家の垣根に生え延びている青葛をたぐり寄せるように、あの人はやってくるけれども、私への言伝てもない。／「山賤の垣ほに這へる青葛」は「くれ」の序詞。

私が恋い慕うように私を恋い慕う人がいたらいいのになあ。それでもつらい思いをするのかどうか、試してみたい。／「もがな（終助詞）」

秋ではないのに降りる白露は、恋の苦しみで寝覚めする私の手枕に落ちる私の涙の滴であったよ。／白露は秋の景物。

私の袖にまだその時期でないのに時雨が降ったのは、あなたの心に秋が訪れたのでしょうか。／「あき」は「秋」と「飽き」の掛詞。「来・ぬ（完了）・らむ（現在推量）」

夢でさえも逢うことが難しくなってゆくのは、あの人に思い焦がれて私が寝ないからなのか、あの人が私のことを忘れているからか。／「寝〔い〕を寝〔ぬ〕」で「寝ル」意。

月が美しい夜はやって来ない人を待たずにはいられない。さっと曇って雨も降ってほしいなあ。一人寂しく寝よう。／「待た・る（自発）」「降ら・なむ（終助詞）」

やって来ない人を待つ夕暮れの秋風は、どのように吹くから、みじめな気持ちがするのだろうか。／「吹け・ば（接続助詞）・か（係助詞）」

長い時間が経ってしまったことだよ。住江の松のように長く待つのは、苦しいものであるなあ。／「まつ」は「松」と「待つ」の掛詞。

方向も定まらず野原を吹きすさぶ風が寒いので、秋萩の花も色変わりして行くのか。人の心のように。／「風を寒み」はミ語法。

つれなくなってゆくあの人の言葉は、秋の訪れよりも先に色が変わる紅葉であるなあ。／「言の葉」を「葉」に喩えている。

色が見えずに変わるものは、世の中の人の心という花であるなあ。

秋にやって来る初雁が鳴きながら空を飛んで行く。世の中の人の心に訪れる秋がつくづく悲しいので。／「あき」は「秋」と「飽き」の掛詞。「秋・し（副助詞）」

漁師が刈り取る海藻に棲み付いている虫の「われから」という名前のように、自分から声を上げて泣こう。あの人との仲を恨みに思うことはするまい。／「うら」は「浦」と「恨み」の「うら」の掛詞。「海人」「藻」は「浦」の縁語。

つれないあの人をこうなった今はもう恋しく思わないようにしようと思うけれども、もろくも落ちる涙であるよ。

もし人に知られないままで二人の仲が切れてしまったならば、がっかりしながらも、あれはありもしない噂だったのだと言うことができただろうのに。／反実仮想。

夕方になるとあの人のいない空しい寝床の塵を払ってため息をつくようなだけになっている我が身は悲しい。

秋風がびゅうびゅう吹いた武蔵野は、どこもかしこも草葉の色が変わってしまったように、あの人の心もすっかり変わってしまったことだ。／「あき」は「秋」と「飽き」の掛詞。「吹き・と（格助詞）・吹き」。「と」は、「ありとあらゆる」の「と」で、強調。

秋風が吹いて裏返す葛の葉の裏が見えるように、恨んでも恨んでもそれでも恨めしいことだ。／「あき」は「秋」と「飽き」の掛詞。「裏返す」は心変わりする意も掛ける。

忘れられている私が、「憂し」という宇治橋が途中で切れて誰も渡らない年月が経っているように、あの人が通って来ない年月が経ってしまったのです。／「う」は「憂し」の「う」と「宇治」の「う」の掛詞。

浮かんだまま流れて行って消える泡にでもなってしまってほしいなあ。つらくて泣かずにはいられないけれども、それでどうなるというあてもない我が身は。／「うき」が「浮き」と「憂き」、「なかれて」が「流れて」と「泣かれて」の掛詞。「消〔け〕（下二段動詞）・ぬる（強意）」。「消」は死ぬ意も掛ける。「なり（動詞）・な（強意）・なむ（終助詞）」